匂いフェチの私が「臭がられ鼻をすすられても心配無用」と訴える理由

匂いフェチの私が「臭がられ鼻をすすられても心配無用」と訴える理由


 世間に身をおいていると、他者の欠点を目ざとく見つけて「相対的な優越感」を得ようとする浅ましい人間の多いことに暗澹とした気持ちになります。「欠点」というのも多くは「特徴」というべきもので、本来はそれをもって辱しめを受けるようなものでないことがほとんどですが、ことさらに他者を蔑むことで自尊心を養っている人達にとっては格好の標的となり得ます。それは小学生にさえ見られるイジメ行為のように本能的で自覚のない悪癖です。

 「体臭」はそうしたイジメ体質の人達の「嗅覚」にキャッチされやすく、蔑みの材料としては手頃な身体的特徴です。「臭う」という見えないタグを一度貼られてしまうと、たとえ匂いが僅かなものであったとしてもこれ見よがしに咳込んでみたり、クンクンと鼻をすすったり、鼻を手で覆って軽蔑の視線を送ってきたりして、相手の動揺を意地悪く味わうことで彼らは優越感を得ます。さらには「アイツは臭い」などと陰口を共有する仲間を形成し、それによって自身が優位な集団に属しているかのような安心感を得ることもします。

 このように書くと「臭いものは臭いんだし普通に迷惑」と思う方もおられるでしょう。けれどもすべての人間が生物としての本来的な匂いを持っていますし、それには多少の個人差もありますが、まるで無臭であることが正義であるかのように全ての生理的な体臭を攻撃的に嫌悪するのは、むしろ現代の日本人の病(やまい)であるように思われます。生活が「自然」や「野生」からすっかり乖離(かいり)し、根源的な営みの中では一般的であった体臭が、経験値の低すぎる偏狭な人達によって「イジメ」の要素も伴ってことさらに嫌悪されている・・・それが現状なのではないでしょうか。

 日本以外の国々で、体臭はどのように捉えられているのでしょう。私自身は一度しか海外へ出たことがなく実際のところはよく分からないのですが、近ごろ外国人の多く在籍する新潟の大学でこんな事案がありました。

 2019年に入ってからの出来事ですが、大学が設置している投書箱に、英文のメッセージが投函されました。その内容は、「これはタバコや口臭ではなく、ひどい体臭だ。具体的には、アフリカ出身の人たちだ。何かしらの対処をしてください」という苦情でした。このメッセージペーパーに大学側の担当者(白人女性)は「彼らの名前を教えてくれたら私が個別に話します」との返信を書き添えて、配慮のないことに大学の掲示板に貼り出しました。ちなみに在校生は世界60ヶ国からの339人で、日本人の割合は1%ほどと、ほとんどが海外からの留学生です。

国際大学の投書箱に投函された文書の画像

 全ての講義が英語で行われる大学ですので、英文の投書がはたして何れの国の学生によるものかは判りませんが、「BAD BODY ODOR(ひどい体臭)」と指摘されたアフリカ系の学生の一人はテレビの取材に対し、「エチケットには気をつけているし、そんなに臭っているとは思えない」と戸惑いを示していました。大学院生である学生の多くは社会人経験があり国際的で、平均年齢も30歳と高く、そんな経歴の中でもこのように辛辣に体臭を嫌悪されるような体験はしてこなかったことでしょう。

 人種や民族に対する差別、カースト、本邦においては部落差別や学校でのイジメ問題も未だ解消されていないことからも判るように、決して劣等的ではない特徴を捉えて他者を蔑もうとするのは人類共通の病(やまい)です。体臭の問題も病巣は同じで、つまり病的であるのは体臭を指摘される側ではなく、それを指摘する側の不寛容さこそが患いであると、私は結論します。そして不寛容の背景には、自己肯定感の希薄さや、満たされない自己承認欲求といったものがあるのだろうと感じています。

 

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